渡された殺傷力に何よりもすぐれたそれを畏れて、小柄な少年は身体を強張らせた。

じっと俯いて黒光りする金属の固まりを凝視し、やがてのろのろと上げられた顔は青ざめて酷く痛々しい。

「ディーノさんは、怖くはないんですか」

震える唇で、泣きそうな目で、それでも。

彼の弟弟子は手にずしりと重い兇器をしっかりと握りしめた。

 

 

その美しい、

 

 

とん、と軽い音を立て、磨かれて光沢のある木板に突き立ったナイフを引き抜き、もう一度落とすようにして優しく投げる。

先程と同じように表面に塗り込められたニスを割り、乾いた樹木の細胞を引き裂いて、銀色をした刃先が数ミリ程度埋没する。

天井から吊された装飾過多な照明の光をより一層まぶゆく反射させるその凶刃を、美しいと思う。

だがディーノがそれを美しいと思うのは、その光の所為でも、輝きのためでもない。

武器は武器故に、その力故に美しい。

柄を握り、もう一度引き抜こうとした所で、先程から聴覚を刺激していた足音の主が軽いノックを響かせた。

足音からの予測をドアの叩き方から確信に変え、ディーノは僅かに残していた警戒を完全に解いた。

「入れよ、ロマーリオ」

例え自邸の自室でも、気配が近づけば意識を戦闘状態へ持ち込むのは、いついかなる時でも、確実になるまでは僅かの可能性を疑うことを忘れるなと、凄腕の家庭教師に口を酸っぱくなるほど言われ叩き込まれた末の賜物だ。

もしこれが身内以外だったら、ディーノは今掴んでいるナイフを投げつけてやっただろう。

「っと、まーた遊んでんのかボス。仕事おわんねーぞー」

許可を得て室内へと踏み行った壮年の男が、目に入ってきた光景に呆れて嘆息するのにも構わず、ディーノは止めていた腕を動かしナイフを引き抜いて悪びれもせず堂々とする。

「いいだろ、ちょっとくらい」

「ちょっとねぇ」

持ち込んだ書類を丸めて肩を叩くと、一番の側近は重厚な机上に積れた紙の山を見やり、怪しみながらよってくる。特に意識を向ける必要もないのでそのままナイフを弄んでいると、手元を覗き込んだ相手が苦笑した。

「ボスは刃物好きだよな。自分じゃ使わねぇけど」

いつもの事ながらどこか子供の遊びを見守る親のような態度が面はゆい。ガキの頃を知られてるのはやっぱなにかと不利だとつくづく思う。

「まあな」

とりあえず肩を竦め、ディーノは改めて手に持ったナイフを眺める。

刃物は好きだ。

どんな武器も美しく綺麗だと思うが、直接的に他者を傷つけ殺すその冷たい銀色の輝きはまがうことなくディーノにとって特別だった。

それは何よりも美しい凶器へと繋がり、その姿を連想させる。

強さと美しさとがイコールで結ばれるものだとディーノが知ったのはまだへなちょこと呼ばれていた頃、一人の少年によってだった。

いつものように下らない失敗ばかり繰り返し、周囲の視線にいたたまれなくなって逃げ出した先の屋上で垣間見たその情景は瞼を閉じればいつでも鮮やかに描く事が出来る。

彼はその時、今ディーノが手にしているような小さなナイフひとつ持っていなかった。基本的に武器類の持ち込みが禁止されていた校内だが、それを守っている生徒など極少数の一般生徒で、大半のマフィア関連の子弟たちはなにかしらの武器を身に帯びるのが当然だった。かくいうディーノも、自分の武器で自分を傷つける危険性さえなければ持たされていただろう。

だが彼、スクアーロは生真面目に規則を守り、また規制されているそれらを一切必要としていなかった。

現に凶器を手にし、スクアーロに挑む生徒達はあまりにもあっけなく叩きのめされ、堅いコンクリートへ転がされていった。

無駄なところが何一つ無い身体はその為だけに鍛えられた刃のようで、よけいな装飾一つ必要としない。

ただ白と銀のみで構成された色彩の中、頬に散った返り血が真っ白な肌に鮮やかにどんな宝飾品にも勝って彼を飾り立てていた。

今までディーノは例え守るために揮われるものだとしても、力とは何かを失わせるもの、傷つけるもの、奪うものだとしか認識していなかった。

無慈悲で残酷で怖ろしい。

だからこそ、強さに憧れることができず、逆に忌避してきた。

だが違うのだ。

純粋にただそれだけを求め高めた力というものは、ただただ美しい。

その力、機能故に。

刃は刃であるというただそれだけで美しいのだ。

 

スクアーロは純度の高い鋼を鍛え研き上げ完成された一振りの剣だった。

 

それはほんの数分に過ぎなかったが、ディーノの築き上げてきた価値観を崩壊させるには充分過ぎる時間だった。

力というものが美しいのだと、揮われてこそ意味があるのだと、知った。

彼は機能として美しい生物だった。

 

硬く硬くしなやかに柔らかく、自身そのものを刃として戦う彼は、何よりも壮絶に美しかった。

 

目を奪われて、離せなくて、心臓を刺し貫かれた。

 

スクアーロに出会わなければディーノは一生へなちょこのままだった。

例え守るためにだとしても、傷つけるのを傷つくのを嫌って、恐れて、力を拒否し続けただろう。

だが彼に出会ったあの瞬間、あの時から強い力というものは恐怖では無く、純粋な賛美の対象となった。

だからディーノは力を恐れない。

それは強靱で残酷で絶対的な、何よりも美しいものだ。

 

「なあ、ロマーリオ。武器って言うのは綺麗だよな」

 

そういって、ディーノは銀色の刃をまるで最愛の恋人にでもするかのように愛おしげに撫でた。